hello goodbye ミヤマくん

 

 小学生の頃、クワガタムシは憧れの昆虫だった。クラスの子同士が大型のノコギリクワガタ(当時住んでいた地方の方言でイシャと呼んでいた)を持ち寄り、角を咬み合わせて、どちらが強いか戦わせていた。裏返しになった方が負けである。実際のところは勝負の結果はよくわからない。筆者もクワガタが欲しくて山に捕りに行ったがせいぜいコクワガタが一匹だった。捕り方が分からなかったのである。それ以来今日まで、クワガタを大量に捕獲した夢を時々見ることもあるくらいクワガタムシは心の奥底に存在している。

 ところが昨年、そのクワガタムシを実際に捕獲することができた。しかも自宅近くの山でである。偶然捕まえたのがノコギリクワガタ、その後クヌギの木の根元を掘り返すと、ノコギリクワガタのメス、コクワガタのオス、メス、さらに今年にはミヤマクワガタまで出てきたのには驚いた。ミヤマクワガタ(方言でヘイタイと呼んでいた)は漢字で書けば分かる通り、深山にしか住んでいないと思っていたからだ。それぞれ捕獲後ガラス箱に入れて市販のゼリーを与えて飼っていた。毎日観察して、おおっ、今日も元気か、などと心の中で声をかけていた。姿が見えないと時々土を掘り返したりしていた。えらい迷惑だったろう。

 そんな中、捕獲後40日ほど経過したところで自然に帰すことを決めた。昆虫と言えども命がある。狭いガラス箱の中で一生を終えさすのを忍びなく思うようになったのである。そこである日捕獲した場所に戻り、彼を木の根元に離した。しばらくすると彼はその木に取りつき、ぐんぐん登り始めた。水を得た魚、いや木を得たクワガタか。その内、手の届かぬところまで到達した。根元の土に潜っていれば安全なのに、木に登れば鳥の餌になるぞ、と心の中でアドバイスしていた。しかし、それも本望か。自然に戻れ、自由になれたのだから、と勝手に思うのであった。