上海バンスキング 記憶が消えないうちに

 

 コロナ禍の生活でインターネットラジオを聴く機会が増えた。自室に籠り、一日中BGM代わりに流していることもある。全世界のラジオ放送にアクセスできるが、聴くのは音楽である。ボブ・ディランの楽曲のみ流す局、ビートルズの楽曲のみの局、ロックのみ(一口にロックと言っても、年代別、ジャンル別に多くの局が存在する)、ブルース、フォーク、カントリー、レゲエ、クラシック専門局などさまざまである。そんな中で、若い時にはほとんど聴くことが無かったジャズを聴くようになった。その流れから派生して「上海バンスキング」に漂着した。

 

 「上海バンスキング」とは、故・斎藤憐作、劇団自由劇場の舞台劇である。バンスキングとは造語であろうが「前借王」の意味である。吉田日出子が主役で、出演役者自ら楽器を操り、見事な舞台を披露した。と言っても筆者は観ていない。吉田日出子という女優を知ったのは50年ほど前になる。滋賀県近江八幡市出身のフォークの神様こと岡林信康と同棲している、という噂を得たのが最初である。独特の間合いのセリフ回しが好きな女優だ。かと言って、彼女が出演するTVドラマや映画を熱心に観たわけではなく、ましてや舞台を観たこともない。最近ふとしたきっかけで、吉田日出子の著書「私の記憶が消えないうちに」を読んだ。自身の回顧録である。病気のことも赤裸々に記載している。詳細は書かないが大変興味深かった。

 

 「上海バンスキング」は、戦前から戦争を挟み敗戦に至る時代の上海を舞台とした明治生まれの日本人ジャズメンの物語である。運よく舞台の挿入曲のCDを入手することができた。また、原作者である斎藤憐の脚本も読むことができた。基本には反戦の思想が流れている。しかし、声高に「戦争反対」を謳う内容ではない。人々の日常の暮らしのなかに忍び寄る出来事を通じて戦争の愚かさ、悲惨さ、馬鹿さ加減を個性豊かな人々が人間味溢れる表現をする。フォークシンガーの故・高田渡との共通点も感じる。高田渡の子息である蓮氏が編纂した高田渡の写真集「高田渡の視線の先に」には日出子のスナップが収められている。また、日出子も渡も「私の青空(My Blue Heaven)」を持ち歌としている。(※)

できれば舞台映像を観たいと思う。

(※)かつて、日本の喜劇王と呼ばれたエノケンこと榎本健一の持ち歌でもある。